清水峯充の業績
年代 作事名 根拠となる史料 作事方の地位 年齢 遺構名
宝暦 5年(1755) 7月 立山大権現本社 棟札 御扶持方大工 26歳  
宝暦12年(1762) 4月16日 金沢城二之丸御殿上棟 泰雲公御年譜 御大工 33歳  
明和 6年(1769)12月 白山本社本地堂 棟札 御大工 40歳 守郷白山神社拝殿
明和 9年(1772) 7月 6日 金沢城河北門 諸事被仰出等日記 御大工 43歳  
天明 3年(1783) 7月 立山峰本社雄山宮 棟札 御大工頭 54歳  
天明 7年(1787) 5月 気多太神宮社頭造営 棟札 御大工頭 58歳 気多神社本殿
天明 7年(1787) 5月 気多太神宮左脇白山大権現社頭造営 棟札 御大工頭 58歳 気多神社摂社白山神社本殿
天明 7年(1787) 5月 能登国一之宮宝蔵再興 棟札 御大工頭 58歳 気多神社神庫
天明 7年(1787) 5月 能登国一之宮随身門再興 棟札 御大工頭 58歳 気多神社随身門
天明 7年(1787)10月 芦峅寺姥堂 棟札写 御大工頭 58歳  
天明 8年(1788) 3月 金沢城三之丸石川門続櫓 棟札 御大工頭 59歳 金沢城石川門続櫓
天明 8年(1788)11月 金沢城二之丸橋爪門続櫓 職事日記 御大工頭 59歳  
寛政元年(1789) 7月 金沢城五拾間長屋 職事日記 御大工頭 60歳  
寛政 4年(1792) 2月 2日 明倫堂 棟札写 御大工頭 63歳  
寛政 4年(1792) 2月 2日 武学校 棟札写 御大工頭 63歳  
寛政 6年(1794) 3月 2日 金城霊沢天満宮 棟札 御大工頭 65歳  
寛政11年(1799) 6月 越中愛本橋 橋札写 御大工頭 70歳  
文化 2年(1805)11月朔日 金沢城土橋門 政隣記 御大工頭 76歳  
文化 3年(1806) 金沢城本丸三拾間長屋 政隣記 御大工頭 77歳  
文化 4年(1807) 6月 立山権現社 棟札 御大工頭 78歳  
(注) 1.芦峅寺姥堂の棟札写は、『越中立山古記録』第三巻(立山開発鉄道株式会社 平成3年)を参照する。
  2.その他の根拠となる史料に記す古文書・棟札写・橋札写は、金沢市立玉川図書館近世史料館蔵である。
  3.始めの名を平兵衛といった。