石川縣史第三編修正の印刷既に成り、今こゝに之を頒布せしむるに至れり。想ふに方今國家多事、上下全力を傾倒して事變の處理に邁進し、縣費の支途益殷繁なり。この時に當り、かくの如き文化的事業の爲に幾分の資を割き得たりしもの、實に縣勢の旺盛にして餘裕の存するに外ならざるを喜ぶと共に、亦聖代奎運隆昌の慶福に負ふところならずんばあらず。余はこの書を觀る者の、意をこゝに致さんことを希ふや極めて切なるものあるを感ず。 本編記述の目的とする所は、現に石川縣の管轄する加賀・能登二國の大部分を、江戸時代を通じて領有したる前田氏宗支二藩の文化的發展の一般に就きて探討闡明するに在り。蓋し石川縣が縣政施行の後、一時海内に於ける學問教育の先進地を以て目せられ、現に尚美術工藝の淵藪を以て認めらるゝ所以のものは、悉く藩治二百數十年の間に亙り、藩侯十數世の績效に源泉せずんばあらず。それ厦屋を築かんとする者は、先づその地盤の硬軟如何を究め、而して後据うるに適當の礎舃を以てし、組むに大小の柱梁を以てせざるべからず。余はこの書を讀む者の、啻に陳套の史實を摸索するを念とせず、將來前進の指針として活用せんことを希望す。 本編の内容は、制度法規に職制・祿制・司法・租税あり、儀式慣習に典禮・風俗あり、學事宗教に學校・漢學・國學・俳諧・書道・科學・兵學・佛教あり、美術工藝に繪畫・陶磁・描金・髹漆・染色・刀工・冑工・鏤工・鑄工あり、殖産製造に農業・林業・鑛業・製箔・製織・雜業あり、經濟交通に貨幣・物價・市場・交通ありて、概ね社會生活の各部門に亙れり。而も建築・造園の如き、彫刻・手藝の如き、製菓・料理の如き、茶道・插花の如き、之を記述すべくして記述し得ざりしもの二三に止らず。これ編者の是等に關する智識が零細貧弱にして、體系ある記載を爲し得る程度に豐富ならざりしに因ると言へり。若し之を要すとせば各專門家の研究に待たざるべからず。 本編の校訂者は之を初版の編纂者たりし日置謙氏に囑託し、その功程第二編の再刊直後昭和十四年四月に初り、十五年三月に終る。爾後印刷校正のことに當り、今纔かに之を公行し得たるは通編の浩瀚なると時局の影響により工場の繁忙なりしとに因る。 昭和十五年十二月 石川縣知事土居章平