前田利常の改作法施行以後に在りては、檢見法によりて租率を上下するの弊を除き、一村を通じて免相を一定ならしめ、且つ永久に之を變ぜざるの法を採れり。定免と稱するもの即ち是にして、草高に定免を乘じたるものを定納といひ、百姓の上納すべき租額とす。例へば草高百石にして免四ッ九歩なれば、その地の定納は四十九石にして、知行所として之を受けたる給人の收納は常に一定不變とし、百姓は豐年に際して實收入を増加するに反し、幾分の不作に會するも、尚不利を忍びて定納額を納附すべきものとせらる。然れども甚だしき風損・水損・旱損・虫損ある時は、藩吏その實際を視察して一作用捨免を定め、當年を限りて定納額を減免し、若しくは貸米を行ひて他日之を返納せしむ。又地味の低下、地籍の減失等によりて、永久に免相を減ずることあり。此の如き場合に當りては、藩は引免米又は引免斗過(ハカリスギ)米下附の方法によりて、給人又は百姓にその缺損を補償す。されば給人の所得は、如何なる場合にも變動することなきが故に、寧ろ定納は凡べて百姓より藩に致さしめ、而して藩は給人に封し廩米を以て支給するを利便とするが如しといへども、尚所附によりて知行を與へたるものは、知行なるものが釆地を以て宛行はれたる戰國以後の慣習の繼續に外ならざるなり。