火災の際に於ける服裝は、亦一定の制限ありて、足輕以上は火事羽織を着す。火事羽織の製は、色彩隨意の羅紗を用ひ、袖は普通なるも、背に直徑五寸許の家紋を附し、別に羅紗製の胸當を懸く。胸當にも同じく大なる家紋を付く。この場合には、石帶と稱し、中央に家紋を附したる羅紗製のものに、通常の腰帶を通したるを腰の後部に當て、これにて端折りたる着衣の上を緊縳し、股引・脚半を穿つ。火事羽織の襟を白布にするは加賀藩の特色なり。小者の火事裝束は、白襟を附したる半纒を着し、胸當のみを懸く。町人といへども、常服の上に胸當を用ひざれば、火災の現場に入るを許されず。 藩侯江戸に在りて、火災に際し、臣屬を率ゐて外出する時は、その服裝の制更に嚴重にして、火事羽織は凡べて黒色なるを着用す。襟は白色を普通とするも、人持・定番頭・奧小將の士に限り白色以外たるを許され、襟の留りは、歩以下必ず之をそぐべく、與力以上は隨意と定めらる。鎗は人持に在りては銀色の短册二枚を付し、その他は赤色の短册を付す。合紋(アヒモン)は、裾に石疊を附するを使番とし、裾に半月を附するを表小將横目とす。歩小頭は三ッ鳥居を紋とし、新番御供役は裾に水玉を附し、歩横目は鳥居を紋として裾に水玉を附け、歩は鳥居の紋を用ひ、足輕も亦一定の合紋ある羽織を着す。乘馬の資格ある者出動する時は、晝は金の梅鉢紋を付したる馬杓を、夜は飛字を合紋とせる提灯を用ふ。笠は凡べて塗笠なり。 帶刀は、朝服を着する場合に在りては、卷柄・鞘卷の太刀を用ひ、鞘には多く蒔繪を施す。大紋・素袍又は長上下を着する時には必す小サ刀を帶す。麻上下を着すといへども、儀式に於いては亦小サ刀なることあり。小サ刀の製は刀に同じきも、常に小柄と笄を挿むべき兩室を有す。但し刀にも兩室あるものなきにあらず。刀及び脇指は、併せて之を大小と稱し、脇指には、片室といひて小柄を挿し得る如く作らる。加賀藩にては、儀式又は藩侯の供方に列する時は、刀の柄頭及び鞘の小尻の角(ヅノ)を黒塗とし、切小尻に作り、脇差は丸小尻に作る。鞘の塗色は凡べて黒蠟色にして、柄糸も亦黒色に限らる。然れども稽古場の往返又は野邊指には、太刀造・金具小尻・色塗鞘・白又は色柄糸等を用ふるも隨意なり。刀は柄鞘共に長さ三尺七寸許、小サ刀又は脇差は二尺五寸許のものを用ひ、陣太刀を帶ぶる時は、脇指を添ふることなく、一尺二三寸以下の右手指(メテザシ)と稱するを添ふ。陣太刀の製は、朝服のときの太刀に同じきも、鞘卷を有する點に於いて異なり。通常士分より以下歩・足輕に至るまで皆兩刀を帶すれども、狩獵の際には殺生刀一腰のみなることを許さる。仲間・小者等は平素無刀とし、公式行列に加る時は脇指を帶す。