三月五日、奉公人の出代を行ふ。 三月十三日には能登七尾の祭禮あり。十五日には所々に八幡祭あり、十三日より二十二日に至る間には、城下寺町なる日蓮宗寺院に千部法會あり。十八日には能登字出津に祭禮あり。二十一日には眞言宗寺院に開山忌あり。二十五日には能登菅原に天神祭あり。同日所々の寺院に蓮如上人忌を行ひ、越前の吉崎・加賀の二俣・若松に參詣するもの多し。この月中旬花見遊山をなすもの多く、下旬までには、切米取の足輕に對し、正月より八月に至る期間の俸祿を給せらる。又この月越後より角兵衞獅子の來るものあり、土俗之を越後獅子と呼ぶ。 獅子舞圖奉額金澤市泉野菅原神社藏 獅子舞圖奉額 四月朔日、今日より袷を着る。朔日・二日城下觀音院に神事能あり。諸橋・波吉の兩大夫、隔年交代して技を演じ、終りて藩の賜與を受く。町奉行二人・先手物頭二人・横目二人・町同心四人・歩横目二人監規の任に當り、町役人は樂屋を取締り、町足輕は場の内外を警固し、割場足輕も亦出でゝ之を助く。見所には外圍を作り、木戸を設け、舞臺正面・脇正面・地裏には、城下本町の町人の爲に棧敷を構ふ。これこの興行の諸經費及び裝束の製作費等、皆本町の負擔する所なればなり。地子町等のものは通劵を購ふにあらざれば入るを許されず。武士に至りては係員以外全く出入せず。唯その幼年者のみ、町人に從ひて僅かに觀覽し得るのみ。 四月二日、郊外笠舞村猿丸宮に祭禮あり。丑の時詣はこの宮に行はれ、老杉に釘痕の斑々たるを見る。八日、一向宗以外の寺院に灌佛會を行ふ。灌佛の爲に用ひたる甘茶の煎汁を以て墨を磨り字を習ふときは、手蹟上達すべしと信ぜられ、兒童の之を乞ひ受くるもの多し。同日石川郡北安田村行善寺に麻耶夫人像の開帳あり。この日より城下卯辰なる日蓮宗寺院に千部法會を行ひ、次いで大海供養あり。この月上巳日、卯辰誓願寺に辨財天祭あり。中の申日に石川郡本吉の祭禮あり。この頃舟遊山・濱遊を爲すもの多し。