古市務本は胤重の子なり。字は季敬、奧村庸禮の女壻にして、悳輝の姉の夫なり。その書齋を典學と號す。務本朱舜水に從學するを以て、舜水爲にその樓の記を作り、また務本の説を作る。務本聖賢の道を研究するに篤く、屢經義の疑を舜水に質す。舜水の答書八編はその文集に出づ。務本死するの日治命の遺書なく、惜しい哉その家斷絶せり。時人彼が平生佛を誹りし報となせり。 淺加久敬、字は通郷、通稱九之丞。號は山井。久敬和歌を能くし、國史に通じ、又詩賦を好む。 題夏山如滴 日映茂林緑葉殊。垂條如滴又如濡。夏山描出化工妙。誰辧比于郭氏圖。 勃窣理窟より出でゝ雅趣なく、用字頗る俗惡を免れず。 脇田直能は通稱九兵衞、灑雪亭と號す。順庵の門人なり。その作詩は今傳はらずといへども、錦里集に、次韻脇田九所贈絶句に、試誦來詩如對面。不知身既在平安といへり。 原元寅、字は正夫、一名元憲、字は伯成、通稱を將監といひ、淇園と號す。風流清雅にして順庵に學び、後剛伯に從ふ。剛伯その才を激賞せり。元寅の詩集を淇園集といひ、十卷あり。又詩林雜纂數十卷を輯し、加賀藩文學の士の詩什を收む。 過葛有禎觀月亭跡有感 騷人觀月亭。花落鋪空庭。覊客遊東武。感今涙更零。謫臣居北海。思吉夢初醒。蛙韵池塘上。雨濃春草青。