小谷繼成、通稱は伊兵衞、字は勉善。亦篤學の君子なり。後名を成之と改め、廉泉と號し、亭を竹醉といふ。繼成室門七才の一に數へられ、最も詩を能くし、文は義人録後語の中に入る。勉善紀聞三卷あり、邦文を以て記し、世を益すること多し。享保五年八月二十日歿す、年六十四。 暮春遊山 半醉半醒堪解襟。杖藜引興好追尋。茆茨烟簇村園遠。薜荔徑斜山寺深。花落松間春寂寂。鳥啼柳下暮陰陰。風光三月須臾事。祇見長流無古今。 奧村脩運、通稱源左衞門、字は子復、天遊と號す。儒を尊び師を禮し、青地氏の兄弟と共に後進の領袖にして、室門七才の冠たり。一日家人誤りて佛經を書堂の机上に置く。脩運勃然、裂きて之を池中に抛てり。その意を經學に專にすること以て知るべし。 賀鳩巣先生五十壽 桃李陰陰色滿堂。綺筵並映紫霞觴。和風共樂昇平曲。壽域新開不老郷。鳴玉頻停長者轍。摳衣幾接令公香。千年儒雅得君起。錫類永看酌桂漿。