中村忠直、字は正伯、白峰と號す。浪華の人。享保十一年徴されて侍醫となる。岐黄の道に精熟し、傍ら詩を好む。寳暦元年職を辭して去る。その子名は佺安、亦詩を嗜む。 送晁粹夫山孟明之東江 離歌一曲入琵琶。他日白雲是我家。回首東方雙劍氣。光芒誰又問張華。 梁田邦貞、字は献吉、石牕と號す。武州の人なり。石島筑波に學び、その詩流麗にして悠揚迫らず。亦天文・暦算に通ず。加賀藩に寓すること六年、仕を得ずして去る。 邂逅屈子傾于武州送別 悠悠客路列群峰。馬上回頭雲幾重。想像君行何日盡。獨看七十二芙蓉。 前田直躬、土佐守と稱し、加賀藩の重臣なり。性怜悧にして詩を好む。九華と號し、新居を捿霞觀又は寛綽齋と名づく。 江南春 來岸依依多縁楊。花開桃李滿林香。妾家江上在何處。薄命紅顏夢裡長。 文辭老蒼亦誦するに堪ふ。 横山隆達、字は好義、河内守と稱し、藍關又は學堂と號す。幼より學を勉め、博く經史に渉り、詩を能くし、書に工なり。其の樓を乾乾と名づく。毎月二日雅宴を茲に張り、學士儒生を引きて詩を賦せしむ。是を以て貴となく賤となく樓上に翺翔するもの數十人。二十年間未だ曾て之を廢せず。葢し加賀藩創始以來の盛會なり。 新年作 參差松竹擁千門。一夜韶光遍北藩。應律山河容色媚。加年犬馬鬂華繁。腐儒叨竊鹽梅職。尸位還寛〓狘恩。從此園林多賞琴。吟哦日日愛春暄。