明くれば三日晝の内、よろづ仕廻うて暮頃に、古今が方に音づれて、名殘の酒もくみ盡くし、古今は硯引きよせて、『さきだつも、おくるゝてふも夢なれや、さむるすがたを花のうてなに。』と、一首を調へ殘しおき、四方はしづまり亥子し頃、ひそかに二人忍び出で、夜はまだふかし行くほども、しばしの廻りと善兵衞に、申合せて川下に、そひゆけばはや是ぞ此、祖師の御名を其儘に、法然寺とて私の、願ひ寺なり明日の、夕かた定めて參るべし。此の世の罪は何事も、ゆるし給はり後の世は、二人一所に蓮臺に、うかませ給へと懇に、門の外よりふし拜み、しどろもどろに石原を、手に手をとりて行きなづむ。實に夏の夜を昔から、寢ぬに明けるといひおきし、世をうしみつの時過ぎて、一つの鐘は時なかば、思へば八つと五つこそ、けふの知死期ぞ七つ時、知死期も命も終りぞと、爰よかしこと見はからひ、見通しがたきくぼみにて、小石の上に座をくみて、西はそなたと手を合せ、互にしばらく念佛し、水盃をとり結び、用意といへば立あがり、古今は帶をとき捨てゝ、紫たぐり二廻し、腰に引しめ着る物の、すそ引のばし座しければ、左の肩をうへ二つ、ぬぎかけさせて善兵衞、氷のごとき小わきざし、さやをはづして、いだきよせ、さらば只今われも又、追付ともなひ申さんと、心元(ムナモト)にとつき立てゝ、右の手したへおしたふし、とき捨おきし帶をとり、たゝみかさねて枕にさせ、ぬがせし袖をおつとりて、口までおほひ着る物の、すそをおつ取り引きそろへ、つまさきまでもおしつゝみ、花のすがたはちりてだに、哀れ催すなみだをも、こゝろにとめて善兵衞、『あはれなり、みしおもかげのたえしより、ふかくも袖につもる朝露。』と、一首を詠じ提灯の、上にさしおき枕もと、帶さきひらりと打おほひ、右のわきざし取なほし、のんどにつきたてうつぶしに、うき世の夢をぞさましける。 〔極死善色〕