芭蕉は、小松を出でたる後那谷寺の觀音を拜して、『石山の石より白し秋の風』と即興の吟を試み、山中温泉に浴して、『山中や菊は手折らぬ湯の匂』と感歎せり。山中の句は芭蕉眞蹟拾遺に『菊は手折らじ』に作らる。この所に十景ありて、高瀬の漁火と云ふもその一なれば、彼は又『いざり火にかじかや波の下むせび』と口ずさめり。いざり火は一にかゞり火に作らる。芭蕉此の川に架したる黒谷橋の絶景を喜び、『平岩に座して手をうちたゝき、行脚のたのしび爰にあり。』といひしとは、山中の俳人自笑の傳へし所なり。