遠藤高璟の著書中圖法及び畫法を研究したる寫法新術に就きては、三上義夫氏が雜誌『史學」第五卷第四號に載せたる『寫法新術及び其著者遠藤高璟』によりて之を見るべし。今左にその大意を摘録す。 寫法新術六卷は固より一時に成りしものに非ず。その首卷に天保十二年辛丑自六月廿三日至同廿九日艸稿成との奧書あるは、この時日に首卷を起草せりとの意にして、他の五卷は之より以前に成りたるなり。さればこの首卷の中にも、『高璟眞寫の法を試み、記録する艸稿並草圖あり。同志の人を得て其術を修熟せんことをまつ耳。』といひ、又『高璟が眞寫の法あることを論ずること十有七年なり。今より十年の中には必眞寫の術開くることあらん。』と説き、『高璟文政乙酉の夏六月試に眞寫法を以て書きたる庭前に亭ある畫を如法置て、障子に穴を明けて大工吉郎兵衞といふものに此穴より見せしに、暫時の間畫なることを不辨體にて、………一々間數と形を答ふるに、高璟が畫きし時設けたる遠近等の分量に少しも不差。』とも論じたり。是を以て見れば所謂眞寫法なるものは、高璟の既に十七年間に亙りて研究したる所にして、その十七年前は即ち大工吉郎兵衞にその畫を示したる文政乙酉に當り、又卷一の自序に文政八乙酉五月十八日起稿と記したると吻合す。但し卷一の終に文政十一年戊子初夏三日草稿とあれば、同書が現に見る如き體裁を具備したるは、文政十一年にてありしなり。寫法新術第三卷は測量の事を説きたるものにして、『器物之製法多くは越中高木村藤右衞門、文政二年三州御繪圖御用に用ひしものを口受し、尚増補工夫を加へて製造す。』といへば、高璟は算學の大家にして三ヶ國地圖作製の任に當りし高木村藤右衞門帥ち石黒信由と關係ありたるが如く、又『右測法・算法・圖法、文政壬午の年より金澤測量以來西村太冲理會し用ひ來し諸術、及び御繪圖を製する時用ひたるものを以て其大概を記す。』といひ、而してその脱稿したるは同十三年に在り。この第三卷は高璟が測量事業に關したる人物たりしことを知らしむるのみならず、測量器械の構造用法に就いて理解を有したることを示し、その測量製圖の方法が高璟の寫法に影響ありたるを思はしむ。而も高璟は卷四に、『此法は予が愚考の寫法にして、師傳の法にあらず。文政改元戊寅西洋の圖書に其分量の法あるべきことを察して、是を試み製する所也。』といへり。次に卷五には、『鏡に物影うつる分量を知る法」ありて、文政三年正月六日盥の水に障子の影を映ずるを見て疑惑を生じ、嘉永三年十月二十二日反映の線理を考へ、『鏡の物影は、鏡面に光畫を生じ、之を人目に呈して、萬物を鏡内に見るが如く見ゆることを十月二十五日夜發明せり。』と述ぶ。さればこの寫法新術六卷は、文政元年より嘉永三年まで前後三十三年を要して成れるなり。 寫法新術には、物の像を模するの法に體寫・面寫の二種ありとせり。體寫は彫刻にして面寫は繪畫なり。面寫に又三體ありて、心積法・物積法・觀積法の三者ありとし、卷一には之を解して、『心積法は物の實積を不量、又透寫する類にも非ず、只心の圖りを以其状を寫すの名とす。見とり繪圖或は和漢畫と稱する類是也。其寫さんと欲する物の象を假りに見取て寫之。故に急に具ふるに簡にして便也。物積法は物の實寸を量り、其遠近厚薄人目に見る所の形を捨て、唯高廣の手積を寫すの名とす。分間繪圖或は工匠用る所の地指圖並びに立ち繪圖の類是なり。其可寫物の各方の平積を各々に寫之法なるが故に、物の實寸の分量を知るに足れり。觀積法は物の實寸を量り、或は透寫し、其遠近厚薄及び高廣の立積を人目に觀るが如く寫すの名とす。畫家寫生と名くる法あれども其法と不同。此觀積法は、西洋の立積を畫きたるものと同法なるべし。其可寫物の遠近に從ひ、斜直に應じ、各方所見の立積を一面に寫す法なるが故に、目に見る形状を知るに便なり。』といひ、且つ此の三體は何れを使用するも物を寫すことを得べく、『たとへば地圖の類多くは物積法を以てすと雖も、是を觀積法にて寫すときは觀積地圖と名付べし。或人物草木山水の類多くは觀積にて寫すといへども、是を物積に寫さば則ち物積生畫、物積山水と名付べし。或物觀混雜し分量見とりを以て寫すものは、則心積法にして是を草圖・草畫と名付て可なるべし。』と論じたり。卷二以下又之を細論し、特に透視畫法たる觀積法に就いては、『京都・大坂に銅版書を能製する人二人あり。是も西洋風を似せて彫刻したるものと見えて、其法ある事を不聞。此方にて未だ眞寫法を書し或は畫く人あることを不聞。』とし、文政元年西洋の圖書にその分量の法あることを察して試に製したるものにして、敢へて師傳の法あるにあらざるを附加し、前に言へるが如く文政八年に至りては、人とも之を論じ得る程度に工夫の成熟したるを見る。 その他本書中には製寫眞鏡寫物圖あり。浮繪に關する論あり。漢薔指南の大景小景論に對する批評あり。磁針の偏差に關する記事あり。鏡に物影うつる分量を知る法あり。望遠鏡・顯微鏡の理をも亦説明せり。 〔三上義夫氏寫法新術及び其著者遠藤高璟取意〕 遠藤高璟筆泥繪大阪市三隅貞吉氏藏 遠藤高璟筆泥繪