瀧川流より出でゝ出藍の譽れを擅にせるものは即ち關口開なり。幼名は安次郎、松原信吾の第四子にして、定番御歩關口甚兵衞に養はる。安政三年開初めて算法を瀧川友直に學び、爾後學力忽ち進歩して中段に入り、萬延元年奧義免許となり、同時に子弟に教授することを許さる。時に藩の雇教師に長州の人戸倉伊八郎あり。開乃ち伊八郎に就きて西洋數學の一班を學びしに、その精妙なること到底和算の及ぶべからざるものあるを知り、奮つて之が蘊奧を探らんと欲したりき。然るにこの時恰も藩政の末造に屬し、天下頗る多事なりしを以て、開も亦藩命によりて四方に奔走したりしが、匇卒の間尚西洋諸家の書を釋てず。已にして先づ外國語を學ぶの要あるを知り、その初歩の教授を受けたる後、能く獨習によりて英米の數學書を解し得るに至り、明治元年奧越の役より凱旋するや、專ら之が研究に沒頭して、遂に左記の如く多數の著書を爲せり。 英人ハツトン數學書明治二年六月譯未刊 英人チヤンバー算術書上下明治二年譯未刊 點竄問題集上下明治三年著二版 數學問題集上下明治四年著二版 平三角明治四年著未刊 測量乾坤明治五年著未刊 弧三角明治五年著未刊 新選數學明治六年著六版 航海暦用法明治六年八月著未刊 幾何初學上下明治七年著一版 算法窮理問答上中下明治七年著一版 微分術附録明治七年三月著未刊 英人トードハンター弧三角術明治八年一月譯未刊 英人トードハンター大代數學明治十年六月譯未刊 英人トードハンター微分學明治十一年二月譯未刊 英人トードハンター積分學明治十一年三月譯未刊 英人トードハンター大平三角術明治十二年一月譯未刊 英人トードハンター圓錐形截斷術明治十二年三月譯未刊 英人トードハンター幾何學明治十三年一月譯未刊 幾何初學例題明治十三年著一版 英人トードハンター靜力學解明治十四年六月著未刊 上記中何版と記したるは、木版の磨滅せるが故に改刻したるものなり。以て如何に世上に流布せしかを見るべし。就中新撰數學の如きは發行部數二十萬に達し、大坂に於いては盛に僞版を賣捌くものすらありき。開明治十七年四月十二日享年四十三を以て歿するに至るまで、各種學校に教鞭を執り、又衍象舍を開きて諸生を教養し、門下に俊髦を出しゝこと尠からず。蓋し開の學術深邃こゝに至れるものは、專らその精力の絶倫にして黽勉倦むを知らざりし結果によるといへども、亦瀧川流によりて數理を解するの素因を有せしが爲ならずんばあらず。故に今こゝに併せ録す。大正四年十一月十日特旨を以て開に從五位を追贈せらる。