村松標左衛門と腊葉帖
能登の在野の本草学者「村松標左衛門」と、標左衛門の収集した「腊葉帖」と著作についてご紹介します。もくじ
村松標左衛門(ひょうざえもん)について
宝暦12年(1762)生、天保12年(1841)79歳で没。
能登国羽咋郡町居(現 石川県羽咋郡志賀町町居)の松村家に生まれ、三代目村松伊兵衛を襲名、通称「標左衛門」と称しました。村松家は持高200石を要し、奉公人を多数召し抱える豪農でした。
本草学者・農学者としても著名であり、農業では『村松家訓』4巻、『農業開奩志』12巻、『馬療木鐸大全』15巻、『馬療本草』4巻、本草学では『救荒本草啓蒙』10巻、『腊葉帖』22冊、産業経済関係では『工農業事見聞録』7巻の著作があります。京都の本草学者・小野蘭山に学び、後には薬草を栽培し、家業の一つとして薬種の販売も行っています。また、文政元年(1818)10月には加賀藩の産物方植物主付に任じられ、加賀藩の稲品種124種の試作や技術指導を行うなど藩の産物方政策に協力しています。
腊葉帖(さくようちょう)について
「腊葉」(さくよう)とは、植物を平らに押して乾燥させた標本、押し葉のことです。
腊葉帖は、「村松標左衛門」が収集・押し葉処理した植物を黄麻紙の台紙に細い薄手の紙片で留めたものです。全22冊あり、それぞれに「漢名」「和名」「方言」「個体の形状・特色」「採集地の環境条件」「採集地」「採集年月」が記載されています。(一部、記載のないものもあります。)
当館所蔵の村松標左衛門の著作(原本)について
当館では、村松標左衛門の本草農書関係稿本5点33冊、植物標本集22冊を「村松蔵書」(コレクション)として所蔵しています。
以下ではコレクションの一部をご紹介します。
『馬療木鐸大全』(総目録を含めて11冊所蔵 1,2巻欠)
近世の馬医書を出典とした馬の治療法を体系化した著作。馬の病状・診断・治療について記述の根拠となった馬医書の出典を明記するとともに標左衛門なりの見解をまとめた馬治療啓蒙書です。
『馬療本草』全4巻
薬種の検索を目的に作成されたものであり、『馬療木鐸大全』の姉妹編に当たる著作で馬の治療と薬について書かれています。
1巻は馬医本草の概要、2巻は薬名が片仮名、平仮名の薬材の頭文字の五十音順、3巻・4巻は薬名が漢字の頭文字の画数順に記述されており、簡単に薬名が探せるような工夫がされています。
『農業開奩志』(のうぎょうかいれんし)
能登の近世農書。能登地域の自然に適した各作物毎の栽培方法(品種、作物の性質、種まきの時期、畝の作り方、肥料のやり方、収穫等)や農具(図入り)等について書かれています。
『尚志軒雑録』(7冊所蔵 3,4,8,9巻欠)
タイトルの「尚志軒」とは、標左衛門の号です。雑録とあるように広く多方面にわたる見聞をしるしたものです。内容は、伝承、変わった木や珍しい石、不思議なものから政治・経済・文学・思想まで様々なことが書かれています。
『尚志軒新話』
全国に分布する珍しい鳥獣や変わった草木、奇石などの「産地」「形状」「発見年月日等」の見聞記録であり、その多くが本草学的視点から記述されています。
村松標左衛門著作の翻刻本
翻刻本として出版されている村松標左衛門の著作を紹介します。
(『農業開奩志』のみ原本を所蔵しています)
『村松家訓』
大規模農家としての経営方針とそれに基づく具体的方策が記されており、農業作業に必要な年中行事や事柄に対しての農事内容と家族や奉公人等の心の持ち方、守らねばならない事柄等、農事・家政について、村松家の経営方針を著したものです。
『工農業事見聞録』
『工農業事見聞録』全7巻を翻刻した資料で『日本農業全書48巻』に「工農業事見聞録」巻1~4、『日本農業全書49巻』に「工農業事見聞録」巻5~7が収録されています。
■1巻 染房之部(染物に関する巻)
染めに関する聞き書きが中心ですが、多様な染め方ごとにそれらの媒染剤、原料の量目、混合の割合、染の回数、器具・器材の材質・寸法などについても記述があります。
■2巻 器財部(生活用品に関する巻)
子供の玩具としてのしゃぼん玉の原料や万華鏡のつくり方、日常生活で使用する楊枝や曲物のつくり方や紙の鍬き方などの記述があります。
■3巻 農家之業部(農家の仕事に関する巻)
紙の原料となるみつまたのつくり方や葛根・もぐさなど自生物の精製による商品化、養魚など米麦以外の商品生産について記述されています。また、精米用の機具の設計図なども記述があります。
■4巻 土石之質部(土や石を原料とした細工物に関する巻)
瓦・石灰の焼き方の紹介や土雛・陶器・漆喰のつくり方、磁石・玉の細工、硯石の加工と砥石の生産などの記述があります。
■5巻 彩色之部(顔料に関する巻)
顔料や塗料としてのベンガラや書写用としての松煙と墨のつくり方、染料としての藍墨の製法など彩色にかかわることの記述があります。
■6巻 金鉄之質部(金属製品に関する巻)
刀剣装飾や彫金、金銀細工、鉛山での鉛の製法や鉛からの白粉のつくり方、鉄砲のつくり方など金属加工に関して記述があります。
■7巻 飲食・衣食部(飲食と衣服に関する巻)
塩や味噌、蜜など調味料やてんぐさ利用による寒天のつくり方など食品生産・食品加工について書かれた飲食の部と絹布に糸で模様を縫い付ける仕方や図を交えた機具の構造等について書かれた衣服の部の記述があります。